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『君の名は。』設定の解釈

君の名は。

tumblrからの転載です。

君の名は。』 とてもいい映画でした。音楽、美術、シナリオ、三つの要素が上手く組み合わせられていたと思います。


ところで、シナリオには、その「感動」を最大化するようなシナリオの動き:「主観的シナリオロジック」と、物語の世界設定:「客観的シナリオロジック」に分けると考えやすいと思っているのですが、
このtumber記事では、この二つのうち、後者の「客観的シナリオロジック」すなわち物語の設定の整合性について考えていきたいと思います。
以下ネタバレです。




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全体の流れとして、映画を見ていて特に気になった重要な設定について、「どうやって一貫させられるんだろう……」と気になったものがいくつかあったので、
列挙したうえで、周辺を含めて解釈をする、という形式で進めます。


前提:カルデラと宮水の「能力」の形成過程

1200年前、今回同様に彗星が二つに分かれ、糸守に隕石が落ちた。
隕石のクレーターは「糸守湖」として現存している。

「糸を引いて」時間を流していた「彗星」は、二つに割れて地上に落ちることで、〈今〉がシフトした「二つの時間軸」を可能にする。糸守の人々は、 「糸守湖」を作った隕石の残滓をカルデラの祠に設置し、これを、時間の糸を「結ぶ」「産霊〈ムスビ〉」として祭り上げた。


「彗星」によって分かたれた二つの時間軸のうち、「隕石」として地上に落ちてきた「時間軸」に対して、宮水の人間は、「己の半身」である「口噛み酒」を「ご奉納」する。これによって、己の半身を隕石の「時間軸」に結び、「未来」の男と「夢」を通じて「入れ替わる」ことができる。つまり、「二つの時間軸」を、「夢」というおぼろげな形式で、「未来」に対して開くことができるようになる。


この宮水の能力によって、1200年毎に糸守に落ちるティアマト彗星を事前に察知し、集落壊滅の危険を回避することが可能になった(瀧の推測)。
「宮水」とは、かつてこの危険予知システム自体の名前であった。


(『宮』とは「カルデラの祠」、あるいは祀られる「産霊〈ムスビ〉」であり、
『水』は「巫女」が作成する「口噛みの酒」である。 )
※ここ適当言った。「水」が「酒」を指すことなんてあるんですか?

追記:

ウオッカは、「voda(水)」からの派生で「vodka」らしいです。
不可能でもない解釈、ということで一つ。


このカルデラの祠一帯を、避けるべき「未来」、すなわち、糸守が滅んだ後の「死後の世界」 = 「隠り世」として聖域化した。

組紐の意味

カルデラの祠は、「隕石」によって破壊されない位置にある。カルデラの祠に備えられた口噛み酒は、「彗星」の提供する時間軸と「結び」つき、「己」のセーブポイントとなる。



一葉の話には、

「一番大事なもの(己の半身)をカルデラの祠に置くことで、『隠り世』から出ることができる。」

とあるが、「隠り世から出る」とは、「糸守の全滅」を回避することを示唆していると考えられる。


毎年、カルデラの祠に「口噛み酒」を供えることで、糸守に襲来する隕石の脅威を、「入れ替わり」の権能を用いて克服させるための知恵が伝わっている。


組紐」を与えられた「男」は、セーブポイントを経由し、糸守を救うために、通常とは逆向きに「過去」へと「入れ替わり」の「片割れ」時間軸を開くことができる


カタワレ時

「彼は誰」の変化。「片割れ」。二つに割れた「彗星」によってあらわされる二つの時間軸が、「夢」を介さずに接続する時間。
「彼は誰」とは、暗くて相手をよく認識できないことから生まれた言葉だと思うが、むしろ光はあるけれど暗いトワイライトの時間帯そのものこそ、おぼろげさの点で「夢」と同一であると解釈することができる。

そのため、「夢」で相手の体に入ることによってのみ互いを認識していた二人は、「カタワレ時」のみ、「夢」を経由することなく、互いの姿を視認できた。
(なんで声だけ聞こえた? まあ暗くても声は聞こえるし……(適当))








彗星の「キィィン」音 :

彗星が存在するときだけ発生していたと思う。
「二つに分かれた時間」の糸の、つながったりほどけたりする音 (それがムスビじゃ)。

ほどける

最初のロスト。瀧が先輩とのデートに失敗して電話をかけるけど、三葉にはつながらない (三葉の携帯電話番号は三年後の瀧の世界では使用されていないため)。電話がかからないのはロストの効果ではなく、「入れ替わり」が起きている最中に行っても同じである (現に、三葉は東京へ行く……瀧が先輩とデートする一日前の、ちょうど三年前に、三葉は新宿へ行き、瀧に電話をかけているが、つながらない)。




三年前の同時刻、三葉がお祭りに行っている。髪を切って。 (瀧に組紐を渡した後)

この日以降「入れ替わり」が起こらないのは、三葉が隕石によって死亡してしまったため。この隕石事故による死亡によって、三葉と瀧の間で形成されていたコネクションが「ほどけ」てしまい、「キィィン」という音が鳴ることで、その断絶が表現されている。




その後、瀧は、「入れ替わり」が起きないため、三葉に会いに糸守へ行く。

カルデラの「隠り世」の祠に奉納してある「口噛み酒」を飲むことで、三葉の最後の日に「入れ替わ」る。すなわち、三葉の時間にリセットされる。


(酒がセーブポイントだと使いやすいんだけど、瀧は、「酒」の奉納の日の直後じゃなくて、最終日の一日前に東京行ってるから、「酒」=ズバリセーブポイント、ではないかもしれない)




これまでの「入れ替わり」は、宮水の女が「夢」を介して、「未来」に対して、「片割れ」た時間軸を開くことで行われてきた。

しかし、糸守は壊滅し、宮水の人間は全員死亡したため、「入れ替わり」は「夢」を経由して行うことはできない。

そこで、三葉の渡した「組紐」を持つ男、瀧が、逆に「酒」を飲むことで「過去」に対して「時間軸」を、通常とは逆方向に開いた。

(「酒」を飲むことで、男は酔い、「夢」を見る。)


つながる

「酒」を飲んで、三葉に「入れ替わ」る。 (ここって「キィィン」音鳴ったっけ?)



ほどける

カタワレ時に、カルデラの山頂で再会した瀧と三葉。三葉が瀧の手に名前を書こうとするところで、「カタワレ時」は終わってしまう。

(「カタワレ時」でなぜか戻された元の身体のまま)
( 酒による「酔い」が醒めたから?)

半身、酒、体に入れる = 結ぶ。 (「入れ替わり」)

「酒」を飲み、 三葉の「半身」が自分の身体が「結合」し、三葉の時間を自分の時間と「結」ばれる。
単純な心身二元論で構成された世界ではなく、瀧は三葉の体の中にいるときに「三葉の魂のかけら」を感じている描写がある(小説版P.183)。そのため、「酒」を飲むことによる「結び」は、身体的な「唾液」の摂取が行われることで、「魂」(あるいは記憶) にも影響する、と考えることができる。


















父がどのように説得されたか

お母さん(二葉)も宮水の女だったから、夢を見ていた(一葉の証言)。

  1. 三葉の父は、二葉が「夢」によって「入れ替わった」相手で、「入れ替わり」をきっかけにして恋に落ちた、という可能性
  2. 二葉は、三葉の父と結婚した後に「入れ替わり」を経験したという可能性

の二つを考えることができる。以下ではその2つの可能性に基づいて考える。
瀧が中に入った状態で避難指示の発令を促そうしていたとき、「妄言は宮水の血筋か」という発言がある。つまり、三葉の父は、おそらく二葉が「入れ替わり」による人格の変化が起きたことを直接確認している。

( 「妄言」からは、 可能性1の場合、瀧が三葉と初めて会った時の電車の中で、「……誰?お前」「ヘンな女」と洩らしたことが想起される。
また、可能性2の場合は、「妄言」とは、瀧が中に入っている三葉が「狐憑きにあった」と評されていたように、「入れ替わった」二葉の言動が、三葉の父には「妄言」として認識されてしまっていたことを示す。)
二葉と三葉の父の馴れ初めがこのようなものであったら、
(つまり、父側からは忘れられてしまった、あるいは「彗星回避」が不要だったため、経験しない父だけが世界線に残留した)

三葉の父が、一葉の妄言支持発言を聞いて、宮水は妄言の家系だという認識でいたこともうなずける。

三葉の父は二葉のことを愛していた様子があり、救えなかったことについて
後悔している。救えなかったことが「妄言」に関係していたことによる後悔があり、三葉の嘆願を聞き入れた。あるいは「神職を辞して町長になった」動機と関係しており、その動機を満たすものであるから、三葉の嘆願を聞き入れた、という可能性を考えることができる。
















なぜ三葉は髪を切ったの?

瀧に組紐を渡したせいで、髪を留められなくなってしまったから。
瀧に記憶してもらえていない、ということがショックだったという理由もあるだろう。












繭五郎の大火

当時も糸守の住民を守るために逃がそうとした? そのせいで祭りの意義も湿田してしまったとすると、
テッシーがやったことと丁度一致するので綺麗なんだけど、1200年前だから、時代が違うんだよね~~
(繭五郎の大火は200年前なので)(彗星も200年間隔にすればいいじゃん!)












どのように「忘れて」しまうのか?

「異なる時間軸」を「夢」というパイプを通じて行き来し、経験した記憶は、しばらくすると、夢のように処理され、忘れてしまう。
劇中、瀧が三葉のことを忘れたのは、「三葉が死んでコネクションが切れた時」と、「飛騨山中で最後の『入れ替わり』を行い、そのコネクションが切れた時」の二か所である。
最初のロストでは、コネクションが切れてもすぐに三葉のことを忘れるわけではなく、翌日も覚えていて、飛騨の山中に三葉を探しに行く。

追記:2016-08-31
これは、私たちが日常的に見る「夢」と同様に、そもそもが記憶への定着が弱い曖昧な経験であるから、自然に揮発していくものである。
(しかし、「入れ替わり」の経験が夢のように浅ければ、自分が入れ替わった相手を覚えていて「恋」をすることは難しいのではないか?
入れ替わった先で普通の人間として振る舞うためには、意識がはっきりしている必要がある。つまり、ここで「入れ替わった」時は、もともといた世界の「記憶」は自由に取り出せるだろう。しかし、もとに戻った時、「入れ替わって」いた時の記憶へはアクセスできなくなる(再度「入れ替わり」した時に、その以前の「入れ替わり」の記憶は保存されていて、アクセスできるのだろうか?)。このあたりの設定は、『火の鳥 太陽編』が参考になるだろうし、まだ細部まで詰められているものではないので、考える余地が大いに残されている。)

新聞で名前を確認し、三葉は三年前に死亡していたことを発見する。そのあと、さらに新聞や当時の週刊誌を確認するも、瀧は自分が探し求めている相手「三葉」の名前を忘れてしまっていることに気づく。

「……幽霊? いや……全部……」
全部、俺の、
「……妄想?」

瀧は、三葉の名前を忘れて、それだけではなく、「入れ替わっ」て過ごした日々自体の記憶も自分自身で信じられなくなっていく。しかし、 瀧は 「組紐」と「ムスビ」についての一葉の話を思い出し、「カルデラの祠」へと向かうことを決める。

このように、最初のロストでは瀧はすぐに三葉のことを忘れるわけではない。段階的であるし、忘れても、ふとしたきっかけで思い出すことができる。それは、三葉が死んで「入れ替わり」ができなくなっただけであって、「夢」で過ごした時間が無くなってしまうわけではないからだ。
■■
これと比較して、二番目のロストでは、カルデラの山の上で目覚めた瀧は、「三葉」に関するすべてのことを忘れている。
瀧は、「夢」をきっかけにして、糸守について「熱病めいた興味」を持って調べたという行動の事実そのものは覚えているし、周りの人間もそれを知っているけれど、「夢」をきっかけにした、という部分、「夢」に関する情報はすべてを忘れてしまう。
最初のロストよりも急激に、取り返しのつかないほど大きな「忘却」がある。
これは、次のように解釈することができるだろう。
「未来」への時間軸を開いた三葉は、「彗星の落下」を知り、この危険を回避することができた。「三葉が死ななかった」ことによって、「三葉が死んだ後の世界に生きる瀧」は消失し、「三葉が死んだ後の世界に生きる瀧とのコネクション」すなわち、一連の「入れ替わり」自体が無かったことになった。

最初のロストでは、三葉とのコネクションは無かったことにはならなかったけど、危険回避をした二回目のロストでは、「未来」が書き換わり、「未来にいた瀧」という、「入れ替わり」の対象が消失することで、「入れ替わり」自体が無かったことになってしまう、というロジックが働いていると考えられる。

しかし、瀧も三葉も、「入れ替わり」をした事実は忘れてしまったものの、その痕跡は、体に、魂に刻み付けられている。

朝、目が醒めるとなぜか泣いている。こういうことが私には、時々ある。
そして、見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。

「夢」とは?

「忘却」が発生することのアナロジーであり、「可能的な世界」へのインターフェースである。「可能的な世界」、それは〈今〉がシフトした異なる時間軸であり、「夢」は、「糸」によって「結ば」れていないと、忘れられてしまう。

二回目のロストとエンディングについて:

瀧は最後、三葉の存在を忘れてしまい、 「熱病めいた興味」を持って「糸守町」を調べた記憶だけを残している。

彗星落下から何年か経ってから突然湧きあがったのだ。まるで遅れてやって来た彗星みたいに

しかし、エンディングで展開されるように、瀧は町で見かけた三葉を強く意識する。「入れ替わり」した瀧は消えてしまったが、瀧と三葉が「入れ替わった」時の記憶は、かすかに心に刻まれている。
たとえ過去が書き換わってしまったとしても、すべてがそこからやり直されて、無かったことになってしまうのではない。
彗星が二つに割れ、流星群のような細い筋が、彗星の先端に現れては消えていくように、たとえば別の世界、たとえば別の時間軸、もしこうだったら、もしこうでなかったら、そんな「ありえたはずの可能性」は、いつも私たちの前に「夢」という形で、少しだけその姿を表しているのかもしれない。